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●幼い頃の夢とは、そしてどのようなきっかけで、現職を目指されたのでしょうか?
小学生の頃は、数字が大好き、算数、数学が得意な子で、何でも数値化して物事を考えている子でした。今思うと、その頃から「会計的思考法」を取り入れていたのかもしれないですね・・・。その頃の夢は、「社長」「弁護士」「税理士」でした。
高校を卒業し、大学を目指して、予備校生活を送っていました。そして三浪目の時に、ゴルフの面白さに目覚めてしまいました。そう!ようやくたどり着いたんです。「ゴルフ」に恋をしてしまったんです☆あの時、確か母は「ようやく出逢えたね。よかったね。おめでとう!」そう言ってくれました。
それから大学を断念し、毎日ゴルフをするためにフロアーディレクターのアルバイトをしていました。深夜0時まで場所を変えて、練習場のハシゴをする日々が続きました。そして、ゴルフが上達するためにはどうしたらいいか?を考え、「プロゴルファー」を目指すことを決意したんです。家を出て、全寮制のゴルフ場に就職をし、2年間の過酷な日々が始まりました。
女性ばかり50人の寮で、日の出前の暗いうちに寮を出て、ゴルフ場に到着後、18ホールをランニング。昼間はキャディをして、キャディの後は、コースをラウンド。そして日が暮れたら、寮に戻る。夕食を食べたら、練習場(打ちっ放し)に向かい、営業時間が終わるまで、球を打つ。そして寮に戻り、筋力トレーニング。最後に、パターマットを使い、パッティングの練習。連続50回カップインしたら、ようやく就寝。
と、そんな毎日でした。ゴルフ場での生活は毎日がとても充実し、私に沢山のことを教えてくれました。ゴルフは審判がいないので、まさに税金と同じ、自己申告制度。すなわちその行動が、その人の人間性なんだな!と・・・。だからその人の真価が問われるんです。
●そんな辻さんが、再び幼い頃の夢を目指されたきっかけは何だったのでしょう?
足の故障もありましたが、単純に「プロとしては食べていけない」と思ったからですね。(笑)そして、小学生の頃の夢の一つ「税理士」への道を歩み始めたんです。簿記の「簿」の字もわからないまま、運よく税理士事務所に入所し、担当をつけてもらいました。少しの簿記の知識しか持っていなかったので、もう毎日が猛勉強でしたね。(苦笑)
最初の数年は、税理士事務所に勤めながら簿記の専門学校に通い、帰宅は毎日深夜でした。肌は荒れるし、眠いし、友達とも遊べないし・・・。でも辛いとは感じなかったんです。ゴルフ場では、雨の日も風の日も、どんなに寒くても常に笑顔でキャディ業務をこなしました。毎日ゴルフをしている体は、色々な所に痛みを覚えました。そう考えると、今の仕事は痛みもないし、寒い日雨に打たれることもない。寒くて手がかじかんで動かなくなることもない。だからこの辛さは大したことない、そう思えたんです。
私にとって、人生を大きく左右する、舵を取っているゴルフ。そのゴルフのおかげで沢山の人と出逢うことができました。ある時友人に「あなたは大学に落ちてよかったね。あなたの人生は大学に合格することよりゴルフと出逢い、がむしゃらにゴルフをした日々の方が人生に大きなものを与えてくれた。どんな時も応援してくれたお母さんに感謝しなくてはだめだよ。」という言葉を貰いました。私はそれまで、特に大学出身が当たり前なこの業界では、大学に行けなかったことがコンプレックスでした。ですが、その友人の言葉で「ゴルフ場での出来事が大学に通う以上のものを教えてくれた」そう確信できたんです。私のコンプレックスはすっかり消えていました。
それから今でも、ゴルフは私の武器になっているんです。そして、ゴルフに夢中になる私を優しく見守ってくれた母に深く感謝しています。やがて、税理士事務所での仕事も順調にこなし15年の歳月が流れました。日々の生活の中で、もう一つの夢「社長」というものを強く意識するようになったんです。
私は有り難いことに自由に仕事をさせていただく環境にあります。そんな有り難い環境を活かすにはどうしたらいいか?と考えた時に、私にしかできないこと、私だからできることは何か?と考えました。うまく表現できないけれど、「少子高齢化」の中で、本来であれば私も女性として子供を生み、育児や親の介護をするという状況もありえるんだと・・・。であれば、そういう環境にある人は、私の代わりになってくれているような気もするんです。そこで私の役割は、そんな方々のために仕事を探し、提供すること。それが使命なのではないか?と思うんです。会計事務所では、子供を育てながら働いている優秀なお母さん達を沢山見てきました。
弊社の社員で会計事務所の時の後輩もその一人なんです。産休後、会社に復帰を願ったが断られてしまい、私の元に来てくれたんです。その時彼女が言った言葉が「子供は自分の手で育てたいが、働きたい。子供を寝かしつけながらでも何とかして働きたい。お金ではない。極端な話しをすればお金はいらない。働く喜びを感じたい。働くことで世の中と繋がっている、という実感を持ちたい。こんな私でも社会に貢献したい」でした。その言葉を聞いて、私は改めてそういう方々と社会のパイプ役になりたい、と思ったんです。
そして、15年間の会計事務所にいる間に、成功する経営者、失敗する経営者、沢山の経営者を見てきました。そんな私が見てきた「経営者」の資質を一人でも多くの方に伝え、起業のヒントにして欲しいと思っています。